東京高等裁判所 平成7年(行ケ)290号 判決 1998年1月29日
東京都中野区江古田1丁目24番5号
原告
株式会社三陽エンジニヤリング
同代表者代表取締役
安部敏英
同訴訟代理人弁理士
田中貞夫
福岡県福岡市博多区山王1丁目15番15号
被告
リックス株式会社
(旧商号 山田興産株式会社)
同代表者代表取締役
安井玄一郎
同訴訟代理人弁理士
綾田正道
同
平田義則
同訴訟復代理人弁理士
西村政雄
同
星野昇
同
今村定昭
主文
特許庁が昭和55年審判第16919号事件について平成7年10月24日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨の判決
2 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続等の経緯
被告は、名称を「コンクリートパイルカッター」とする特許第940066号発明(昭和46年1月11日出願、昭和52年7月20日出願公告、昭和54年1月30日設定登録。以下、この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
原告は、昭和55年9月29日、被告を被請求人として、本件特許について無効審判を請求し、昭和55年審判第16919号事件として審理された結果、昭和58年6月1日、本件特許を無効とする旨の審決がなされた。
これに対して、被告より審決取消訴訟が提起され(当庁昭和58年(行ケ)第162号)、昭和61年6月30日、上記審決を取り消す旨の判決があり、特許庁において再度審理された結果、平成7年10月24日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年11月12日原告に送達された。
2 本件特許に係る特許請求の範囲第1項記載の発明(以下「本件特許発明」という。)の要旨
油圧シリンダー1とパイル背面押圧体2とを同一平面上において相対させ、油圧シリンダー1の左右各端とパイル背面押圧体2の左右各端とをそれぞれコンクリートパイルを包囲する如く適宜の左側連結体3と右側連結体4とで連結し、油圧シリンダー1にコンクリートパイル正面に向って進出するピストンロッド5を装備すると共に、ピストンロッド5の先端にパイル圧入子6を着脱自在に取付けてなるコンクリートパイルカッター。(別紙図面1参照)
3 審決の理由
別添審決書写し記載のとおりであって、その要旨は、本件特許発明は、昭和45年8月末から9月始めまでの3日間、東京都西多摩郡秋多町の阿伎留病院改築工事現場において実施された「クイ頭処理機(No.3-油圧式)」(別紙図面2参照。以下、「甲第8号証のクイ頭処理機」という。)に基づいて当業者が容易に発明し得たものとすることはできないし、本件特許発明は特許法32条2号(平成6年法律第116号による改正前のもの)に該当するものでもないとして、原告の主張する無効理由をいずれも排斥したものである。
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由Ⅰ(本件特許第940066号発明。審決書2頁9行ないし3頁6行)、同Ⅱ(当事者の主張。同3頁7行ないし4頁3行)、同Ⅲ(無効理由及び証拠方法。同4頁4行ないし8頁6行)はいずれも認める。同Ⅳ(当審の判断。同8頁7行ないし25頁14行)のうち、8頁10行から13頁7行目の「従来周知慣用の技術手段であるが、」まで、17頁19行ないし22頁13行は認めるが、その余は争う。
審決は、本件特許発明の進歩性についての判断を誤り、かつ、本件特許発明は特許法32条2号に該当しないものと誤って判断したものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 進歩性の判断の誤り(取消事由1)
<1> 審決は、「シリンダー作動式の場合には、大型で重量の大きいシリンダーと給排油用のパイプとを安定して移動させるためには、それに相応する誘導支持機構が必要であり、甲第8号証のクイ頭処理機においては、その機構として左右対峙した摺動管4及び固定軸6が設置されているものであることが認められる。これに対し、本件特許発明では、前記誘導支持機構を必要としないものであることが認められ、これはシリンダーに比して小型で軽量なピストンロッドのみの移動で足り給排油用のパイプの移動も必要ないものである。以上のとおりであるから、本件特許発明は、ピストンロッド作動式であるとの構成に伴い、シリンダー作動式である甲第8号証のクイ頭処理機では必要とするシリンダーの移動の際の誘導支持機構として摺動管及びガイドとしての固定軸を必要としない点において、甲第8号証のクイ頭処理機と構成が相違し、本件特許発明は、前記構成上の相違点を本件特許発明の必須の構成要件とすることにより、明細書記載の作用効果を奏するものである」(甲第20号証13頁17行ないし14頁18行)としたうえ、本件特許発明は甲第8号証のクイ頭処理機に基づいて当業者が容易に発明し得たものとすることはできないと認定、判断している。
しかしながら、本件特許発明と甲第8号証のクイ頭処理機は、従来のハンマー等による打撃圧潰技術と相違する、油圧方式を用いるものであるという点が重要なところであり、この点において共通しており、審決が摘示する相違点は、単なる慣用手段の変更にすぎない。摺動管と固定軸のあるなしで、実質的に構成が相違しているとはいえないのである。
また、本件特許発明の実施品である甲第7号証記載のロッキー油圧パイルカッターは、カッター本体の重量が36kg、アーム(300mmφ)の重量が34kg、バンドの重量が4.5kg、合計74.5kgであるのに対し、甲第8号証のクイ頭処理機は、本体の重量が27kg、チェーンバンドの重量が14kg、受台の重量が9kg、合計50kgであって、本件特許発明に係るコンクリートパイルカッターが甲第8号証のクイ頭処理機より小型、軽量であるとはいえない。
更に、本件特許発明に係るコンクリートパイルカッターを用いた場合には、杭が横に切断される前に、杭の縦方向に亀裂が入りやすいものであり、その点で、本件特許発明は甲第8号証のクイ頭処理機より劣っている。
したがって、審決の上記認定、判断は誤りである。
<2> 昭和45年8月末から9月始めまでの3日間、東京都西多摩郡秋多町の阿伎留病院改築工事現場における現場実験に使用された甲第8号証のクイ頭処理機が、本件特許発明の出願前に、公然知られた発明あるいは公然実施をされた発明であることは明らかである。
(2) 特許法32条2号に該当しないとした判断の誤り(取消事由2)
本件特許発明のコンクリートパイルカッターを用いた場合には、穿孔刃が1個であることから、杭の断面で中心線から、互いに反対方向外側に応力が働き、コンクリートは引っ張り抗力が僅かであることから、杭が横に切断される前に、杭の縦方向に亀裂が入りやすい。このことは、鉄枠が付設してあっても、鉄枠は横方向に自由に変形して膨らむから、コンクリートの加圧部分から縦亀裂が生じることには変わりがない。
そして、コンクリート杭に軸方向クラック(縦クラック)があれば、地震等に際し、クラックが増大し、構造物支持体としての杭の機能が極度に低下し、更に、表面の中性化が進むにつれて、錆の発生により鉄筋の膨張が起こり、ついにはコンクリートが鉄筋から分離して構造物支持体としての強度が弱体化し、構造物の寿命を短縮することなる。
したがって、本件特許発明は、特許法32条2号に該当しないとした審決の判断は誤りである。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
<1> 本件特許発明に係るコンクリートパイルカッターは、カッター本体、アーム及びバンドの3部品に部分的に分解されており、コンクリートパイルに装着されて初めて一体化する装置であり、この点が最も重要な利点の一つとなっている。したがって、各部品の重さが作業に支障を来すということはない。
これに対して、甲第8号証のクイ頭処理機では、例えば500mmφのアームを適用した場合の重量は想像するだに莫大な重量となるものであり、かつ、分解装着が不可能であることは必定である。
更に、甲第8号証のクイ頭処理機は、基体の左右に固定軸を取り付け、切削刃を設けた摺動本体の左右に摺動管を取り付け、摺動本体の後部に油圧機構を構成する、といった本件特許発明にはない構成を有し、複雑な構成となっている。
本件特許発明は、甲第8号証のクイ頭処理機のシリンダーの動きをピストンの動きに慣用的に置換したにすぎないものではなく、甲第8号証のクイ頭処理機の重厚な装置に代えて、軽快至便に移動してコンクリートパイルに装着し、いとも簡単にコンクリートパイルを切断できるようにした発明であって、甲第8号証のクイ頭処理機に基づいて容易に想到し得たものではない。
原告は、本件特許発明に係るコンクリートパイルカッターを用いた場合には、杭が横に切断される前に、杭の縦方向に亀裂が入りやすいと主張しているが、縦クラックが杭頭部に入るおそれのある場合を未然に防止する手段を備えており、原告の上記主張は独断的偏見である。
<2> 甲第8号証のクイ頭処理機が、本件特許発明の出願前に、公然知られた発明あるいは公然実施をされた発明であるということはない。
(2) 取消事由2について
本件特許公報(甲第6号証)中の「また本カッターをコンクリートパイルaによって支持させると共にコンクリートパイルaの圧潰切断部分を局限させるため、コンクリートパイルaの地上部を第3図及び第4図に示すような突起付緊締バンド19又は第8図に示すような縁付緊締バンド20で圧潰切断作業開始前に緊締する場合がある。」(4欄14行ないし20行)との記載、及び、図面第3図、第4図、第8図によれば、本件特許発明は、縦クラックが杭頭部に入るおそれのある場合を未然に防止する手段を備えている。
したがって、原告の主張は理由がない。
第4 証拠
本件記録中の書証目録・証人等目録記載のとおりである。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続等の経緯)、2(本件特許発明の要旨)及び3(審決の理由)は、当事者間に争いがない。
甲第8号証に審決が摘示・認定する事項(甲第20号証8頁10行ないし11頁1行)が記載されていること、本件特許発明と甲第8号証のクイ頭処理機との一致点及び相違点が審決の認定(同11頁3行ないし12頁末行)のとおりであること、甲第11号証ないし甲第15号証、昭和57年5月31日付け審判事件弁駁書、平成6年10月24日付け特許無効の審判事件主張要約書に審決摘示の事項(同17頁末行ないし22頁13行)が記載されていることについても、当事者間に争いがない。
2 取消事由1について
(1) 甲第8号証のクイ頭処理機が、本件特許発明の出願前、公然知られた発明あるいは公然実施をされた発明であるか否かについて検討する。
上記1の争いのない事実、成立に争いのない甲第8号証、証人小林恩の証言により成立の認められる甲第9号証、証人川崎浩司の証言により成立の認められる甲第10号証の1、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第10号証の2、3、証人小林恩及び証人川崎浩司の各証言によれば、昭和45年8月29日から9月1日までの間に、東京都西多摩郡秋多町の阿伎留病院改築工事現場(工事担当は株式会社浅沼組)において、安部敏英(原告代表者)、川崎浩司等が研究開発した甲第8号証のクイ頭処理機を使用した現場実験が実施されたこと、この現場実験には、コンクリートパイルカッターを扱う専門業者、研究者、技術者等数十名が参観していたが、秘密保持の義務は全く課せられていなかったことが認められ、これに反する証拠はない。
上記認定事実によれば、甲第8号証のクイ頭処理機は、本件特許発明の出願前に公然と知られた発明、公然実施をされた発明と認めるのが相当である。
(2) 本件特許発明が甲第8号証のクイ頭処理機に基づいて容易に想到し得たものといえるか否かについて検討する。
<1> 上記1のとおり、本件特許発明と甲第8号証のクイ頭処理機とは、シリンダーとピストンロッドからなる油圧装置の固定側(パイル圧入子を移動させない側)とパイル背面押圧体とを同一平面上において相対させ、上記固定側の左右各端とパイル背面押圧体の左右各端とをコンクリートパイルを包囲する如く2個の連結体で連結し、コンクリートパイル正面に向かって進出する油圧装置の作動側にパイル圧入子を着脱自在に取付けてなるコンクリートパイルカッターである点で一致していること、本件特許発明は、パイル圧入子がピストンロッドに装着され連結体がシリンダーに連結されているピストンロッド作動式であるのに対し、甲第8号証のクイ頭処理機は、パイル圧入子(穿孔刃)がシリンダーに装着され、連結体(固定軸)がピストンロッドに連結されているシリンダー作動式である点で構成が相違していることは、当事者間に争いがない。
ところで、一般に油圧駆動装置において、シリンダーを固定してピストンロッドを駆動するピストンロッド作動式も、ピストンロッドを固定してシリンダーを駆動するシリンダー作動式も共に油圧装置として従来周知慣用の技術手段である(このことは、当事者間に争いがない。)から、甲第8号証のクイ頭処理機のようなパイル圧入子を取り付けた部材をコンクリートパイルに向って進出作動させる油圧装置において、この油圧装置の固定側と作動側との関係を逆にして、コンクリートパイルに対して油圧シリンダーの位置を固定し、パイル圧入子を取り付けたピストンロッドを作動させるピストンロッド作動式を採用することは、上記周知慣用手段の置換という単なる設計変更にすぎないものと認められる。
そして、シリンダー作動式では大型で重量の大きいシリンダーを移動させることから、誘導支持機構としての摺動管及びガイドとしての固定軸が必要とされるのに対し、ピストンロッド作動式を採用した場合にはこれらの機構を必要とせず、構成の簡略化及び軽量化という作用効果を奏するが、このことは、上記周知慣用手段のそれぞれが本来的に具備する油圧駆動方式の技術的特性から必然的に導かれる事項であって、上記作用効果は当業者の予測の範囲内のものであり、コンクリートパイルカッターにピストンロッド作動式を適用したことによってそれ以上の格別の技術的意義がもたらされるものとも認められない。
本件明細書には、本件特許発明の目的について、「従来地面に打込んだ直立コンクリートパイルの地上部を破壊して鉄筋を露出する作業はハンマリング又はドリルリングによって行われるているが、作業効率が非常に低い欠点があった。この発明では手持作業機ながら直立コンクリートパイル地上部等の圧潰切断が軽易迅速に行えるコンクリートパイルを提供せんとするものである。」(甲第6号証2欄2行ないし8行)、効果について、「油圧シリンダー1を把持することにより、本カッターを所要の高さに保持しながら、ピストンロッド5に油圧を加えることにより、パイル圧入子6によってコンクリートパイルを所要の位置で軽易迅速に圧潰切断でき、しかもパイル圧入子6の圧入によるコンクリートパイルの圧潰切断であるからコンクリートパイルの切断個所以外の部分に亀裂が波及しないばかりでなく騒音公害を伴わない効果がある。」(同3欄21行ないし29行)と記載されているが、本件特許発明の上記効果は、油圧装置を採用したことによって得られるものであり、油圧駆動方式としてピストンロッド作動式を採用したことによって得られるものとは認められず、前記相違点に格別の技術的意義があるものとは認められない。甲第8号証のクイ頭処理機も油圧装置を用いるものであるから、コンクリートパイルを軽易迅速に圧潰切断でき、コンクリートパイルの切断個所以外の部分に亀裂が波及せず、騒音公害を伴わないという効果を奏するものと認められる。
以上によれば、本件特許発明は、甲第8号証のクイ頭処理機に基づき当業者が容易に発明し得たものと認めるのが相当であり、これに反する審決の判断は誤りであるというべきである。
<2> 被告は、本件特許発明に係るコンクリートパイルカッターは、カッター本体、アーム及びバンドの3部品に部分的に分解されており、コンクリートパイルに装着されて初めて一体化する装置であって、各部品の重さが作業に支障を来すということはなく、本件特許発明は、基体の左右に固定軸を取り付け、切削刃を設けた摺動本体の左右に摺動管を取り付け、摺動本体の後部に油圧機構を構成する、といった甲第8号証のクイ頭処理機の複雑で重厚な装置に代えて、軽快至便に移動してコンクリートパイルに装着し、簡単にコンクリートパイルを切断できるようにした発明であって、甲第8号証のクイ頭処理機に基づいて容易に想到し得たものではない旨主張する。
しかし、本件特許発明の特許請求の範囲には、「油圧シリンダー1の左右各端とパイル背面押圧体2の左右各端とをそれぞれコンクリートパイルを包囲する如く適宜の左側連結体3と右側連結体4とで連結し」と、各部品を連結するときの接続関係が規定されているだけで、各部品の連結が分解可能であるか否かを含めた接続状態が規定されているものではなく、まして、油圧シリンダー1とパイル背面押圧体2との間に着脱可能な連結体3、4を介在させて現場で個別に分解装着が可能な構成が規定されているものとは解されない。
したがって、本件特許発明の装置は分解装着できるものである旨の被告の主張は、本件特許発明の特許請求の範囲の記載に基づかないものであって失当である。
また、本件特許発明は、甲第8号証のクイ頭処理機の複雑で重厚な装置に代えて、軽快至便に移動してコンクリートパイルに装着し、簡単にコンクリートパイルを切断できるようにした発明であって、甲第8号証のクイ頭処理機に基づいて容易に想到し得たものではない旨の主張は、上記<1>に判断したところに照らして採用できない。
(3) 以上のとおりであって、本件特許発明の進歩性についての審決の判断は誤りであり、取消事由1は理由がある。
3 よって、原告の本訴請求は、その余の取消事由について検討するまでもなく理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)
別紙図面1
<省略>
別紙図面2
<省略>
図-2 クイ頭処理機(Ho.3-油圧式)機構図
昭和55年審判第16919号
審決
東京都中野区江古田一丁目24番5号
請求人 株式会社三陽エンジニヤリング
東京都中野区鷺宮5丁目15番 号
代理人弁理士 田中貞夫
福岡市博多区山王一丁目15番15号
被請求人 山田興産株式会社
福岡県福岡市早良区曙2丁目1番 号 綾田ビル
代理人弁理士 綾田正道
神奈川県川崎市幸区大宮町22番2 ロイヤルシャトー川崎203号
代理人弁理士 平田義則
特許第940066号「コンクリートパイルカッター」特許無効審判事件〔(昭和52年7月20日出願公告、特公昭52-27441)、特許請求の範囲に記載された発明の数(2)〕について昭和58年6月10日になされた審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決(昭和58年(行ケ)第162号、昭和61年6月30日判決言い渡し)があったので、さらに審理の結果、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。
理由
Ⅰ.本件特許第940066号発明
本件特許第940066号発明は、昭和46年1月11日に特許出願され、昭和52年7月20日に特公昭52-27441号として出願公告され、昭和54年1月30日に特許登録されたもので、その第1番目の発明(以下、本件特許発明と言う。)の要旨は、出願公告された明細書及び図面の記載から見て、その特許請求の範囲1に記載されたとおりの「油圧シリンダー1とパイル背面押圧体2とを同一平面上において相対させ、油圧シリンダー1の左右各端とパイル背面押圧体2の左右各端とをそれぞれコンクリートパイルを包囲する如く適宜の左側連結体3と右側連結体4とで連結し、油圧シリンダー1にコンクリートパイル正面に向かって進出するピストンロッド5を装備すると共に、ピストンロツド5の先端にパイル圧入子6を着脱自在に取付けてなるコンクリートパイルカツター」にあるものと認める。
Ⅱ.当事者の主張
(1) 請求人の主張及び提出した証拠方法
請求入は、特許第940066号発明を無効とする、審判費用は被請求人の負担とするとの審判を求め、その理由として、本件特許発明は、無効理由〔イ〕として、特許法第29条第2項の規定に、または無効理由〔ロ〕として、特許法第32条第2号の規定に、それぞれ違反して特許されたものであるから、特許法第123条第1項第1号の規定によってその特許は無効とされるべきものである旨主張している。
そして、請求人は、前記主張事実を立証する証拠方法として甲第1~15号証を提出している。
(2) 被請求人の主張
被請求人は、結論と同旨の、本件審判請求を却下する、費用は請求人の負担とするとの審決を求める旨主張している。
Ⅲ.無効理由及び証拠方法
(1) 請求人の主張する無効理由〔イ〕(特許法第29条第2項)について、請求人の提出した各甲号証は、以下のものである。
甲第1号証:
(特許第844311号の特許原簿の写)、
甲第2号証:
(特許第844311号に関する登録名義人の表示更正登録申請書の写)、
甲第3号証:
(特許第940066号の特許原簿の写)、
甲第4号証の1:
(特許第844311号の願書の写)、
甲第4号証の2:
(特許第844311号の願書に最初に添付した明細書の写)、
甲第4号証の3:
(特許第844311号の願書に最初に添付した図面の写)、
甲第5号証:
(特許第844311号の出願公告公報(特公昭51-4002号))、
甲第6号証:
(本件特許発明(特許第940066号)の出願公告公報である特公昭52-27441号公報)、
甲第7号証:
(「コンクリートパイル」、1971年10月、No.3、第3号、昭和46年10月20日発行、コンクリートポール・パイル協会発行 表紙、第58~59、65頁)、
甲第8号証:
(第6回土質工学研究発表会講演集、昭和46年度発表講演集、昭和46年6月23、24日、札幌市において、社団法人土質工学会、昭和46年6月1日発行表紙、目次、第667~669頁、裏表紙)、
甲第9号証:
(株式会社浅沼組東京本店工務部長 小林恩の証明書)、
甲第10号証の1:
(クイ体穿孔装置(クイ頭切り揃え器)の現場実験(中間報告)1970.9.7. 第1~8頁)、
甲第10号証の2:
(関東学院大学工学部 助教授 村田清二の証明書)、
甲第10号証の3:
(鹿島建設技術研究所 主任研究員 許光瑞の証明書)、
(2) 請求人の主張する無効理由〔ロ〕(特許法第32条第2号)について、請求人の提出した各甲号証は、以下のものである。
甲第11号証:
(第5回土質工学研究発表会講演集、昭和45年度発表講演集、昭和45年6月3、4日、名古屋市・中産連ビルにおいて、社団法人土質工学会、昭和45年5月15日発行 表紙、目次、第177~180、185~188頁、裏表紙)、
甲第12号証:
(1980年(昭和55年)6月2日発行、朝日新聞夕刊、第8面記事 もろいビルの基礎ぐい---宮城県沖地震で証明)、
甲第13号証及び甲第14号証:
(昭和55年度秋季大会(近畿)学術講演梗概集 <構造系> 社団法人日本建築学会 目次、第2087~2088頁講演No.2818 既製コンクリート杭の試掘による地震被害調査報告(その1)、
第2089~2090頁 講演No.2819既製コンクリート杭の試掘による地震被害調査報告(その2))、
甲第15号証:
(日本材料学会編 セメント・コンクリート工業材料規格便覧 1965年版(77)コンクリートの引張強度試験方法 JIS A 1113-1964 表紙、目次、第158~159頁)
Ⅳ.当審の判断
(1) 無効理由〔イ〕(特許法第29条第2項)について、
審判請求人の提出した甲第8号証(第6回土質工学研究発表会講演集、昭和46年度発表講演集、昭和46年6月23、24日、札幌市において、社団法人土質工学会、昭和46年6月1日発行)には、「168 クイ頭処理機の試作と現場実験」との表題の研究発表論文で、「筆者なども合理的なクイ頭処理法の研究開発を2年半ほど前からおこなってきて、1年ほど前にクイ頭処理1号機を試作し、その後改良した3号機を用いて昨年夏に現場実験を行った。ここに記すものはクイ頭処理機の試作過程と3号機による現場実験の概要である。」(第667頁第11~14行の記載参照)、また、同書第668頁の「図一2 クイ頭処理機(No.3-油圧式)機構図」の図面には、基体10の左右に固定軸6を取付け、その固定軸6の先端には切断すべきクイ頭に面接する締めつけバンド14を取付け、穿孔刃1を設けた摺動本体3の左右に摺動管4を取付け、前記摺動本体3の後部に油圧機構5を構成し、前記油圧機構5の操作により、摺動本体3に取付けられた摺動管4が固定軸6に誘導されて移動するようにしてなる油圧機構によるコンクリートクイ頭切断機が、
及び同図面についての説明として、「図-2中の番号の主なものは、1:穿孔刃、3:摺動本体、4:摺動管、5:油圧機構、6:固定軸、9:シリンダー、10:基体、11:誘導支持軸、12:スプリング、13:クイ、14:締めつけバンド、16:油圧挿入口である。」(同第668頁第24~32行の記載参照)、
「Ⅱ. 3号機による現場実験 昨年8月末から9月始めまでの3日間、都下西多摩郡秋多町の阿伎留病院改築工事現場において、直径300mmのPCパイルを対象とする穿孔(28本)、・・・略・・・の各実験をおこなった。」(同第669頁第1~4行の記載参照)、
がそれぞれ記載されている。
したがって、これらの記載から甲第8号証には、基体の左右に固定軸を取付け、その固定軸の先端には切断すべきクイ頭に面接する締めつけバンドを取付け、穿孔刃を設けた摺動本体の左右に摺動管を取付け、前記摺動本体の後部に油圧機構を構成し、前記油圧機構の操作により、摺動本体に取付けられた摺動管が固定軸に誘導されて移動するようにしてなる油圧機構によるクイ頭処理機(No.3-油圧式)を使用した現場実験が、昨年8月末から9月始めまでの3日間、都下西多摩郡秋多町の阿伎留病院改築工事現場において、すなわち、昭和45年8月末から9月始めまでの3日間、現場実験とは云え、前述の期間、前記病院の改築工事現場において実施されたことが、記載されているものと認める。
1) 対比
ここで、本件特許発明と甲第8号証に記載されているところの、昭和45年8月末から9月始めまでの3日間、都下西多摩郡秋多町の阿伎留病院改築工事現場において実施された「クイ頭処理機(No.3-油圧式)」(以下、単に甲第8号証のクイ頭処理機という)とを対比すると、
本件特許発明の「パイル背面押圧体」は、甲第8号証のクイ頭処選機の「締付バンド」に、
本件特許発明の「連結体」は、甲第8号証のクイ頭処理機の「固定軸」に、
本件特許発明の「パイル圧入子」は、甲第8号証のクイ頭処理機の「穿孔刃」に、
それぞれ相当するものと認められる。
したがって、両者は、シリンダーとピストンロッドからなる油圧装置の固定側(パイル圧入子を移動させない側)とパイル背面押圧体とを同一平面上において相対させ、上記固定側の左右各端とパイル背面押圧体の左右各端とをコンクリートパイルを包囲する如く2個の連結体で連結し、コンクリートパイル正面に向かって進出する油圧装置の作動側にパイル圧入子を着脱自在に取付けてなるコンクリートパイルカッターである点で一致しているが、しかしながら、両者は、油圧装置の固定側と作動側との関係が逆になっており、油圧駆動の際、本件特許発明ではシリンダーが固定され、パイル圧入子を装着したピストンロッドが作動するピストンロッド作動式であるのに対して、甲第8号証のクイ頭処理機では、ピストンロッドが固定され、パイル圧入子を装着したシリンダーが作動するシリンダー作動式である点、すなわち、本件特許発明では、パイル圧入子がピストンロッドに装着され連結体がシリンダーに連結されているのに対し、甲第8号証のクイ頭処理機では、パイル圧入子(穿孔刃)がシリンダーに装着され、連結体(固定軸)がピストンロッドに連結されている点で、構成が相違するものと認められる。
2) 相違点の検討
そこで、前記相違点について検討すると、一般に油圧駆動装置において、シリンダーを固定してピストンロッドを駆動するピストンロッド作動式も、また、ピストンロッドを固定してシリンダーを駆動するシリンダー作動式も共に油圧装置として従来周知慣用の技術手段であるが、コンクリートパイルカッターにシリンダー作動式を採用した場合には、シリンダーはピストンロッドよりもそれ自体容積が大であって重量も大きく、シリンダーに付設されている給排油用のパイプも共に移動させなければならない。これに対して、コンクリートパイルカッターにピストンロッド作動式を採用した場合には、シリンダーに比して小型で軽量なピストンロッドのみを移動させれば足り、給排油用のパイプの移動も必要でない。
このようなことから、シリンダー作動式の場合には、大型で重量の大きいシリンダーと給排油用のパイプとを安定して移動させるためには、それに相応する誘導支持機構が必要であり、甲第8号証のクイ頭処理機においては、その機構として左右対峙した摺動管4及び固定軸6が設置されているものであることが認められる。これに対し、本件特許発明では、前記誘導支持機構を必要としないものであることが認められ、これはシリンダーに比して小型で軽量なピストンロッドのみの移動で足り給排油用のパイプの移動も必要ないものである。
以上のとおりであるから、本件特許発明は、ピピストンロッド作動式であるとの構成に伴い、シリンダー作動式である甲第8号証のクイ頭処理機では必要とするシリンダーの移動の際の誘導支持機構として摺動管及びガイドとしての固定軸を必要としない点において、甲第8号証のクイ頭処理機と構成が相違し、本件特許発明は、前記構成上の相違点を本件特許発明の必須の構成要件とすることにより、明細書記載の作用効果を奏するものであるから、本件特許発明は、昭和45年8月末から9月始めまでの3日間、都下西多摩郡秋多町の阿伎留病院改築工事現場において実施されたところの「クイ頭処理機(No.3-油圧式)」(甲第8号証のクイ頭処理機)に基づき当業者が容易に発明し得たものとすることはできない。
よって、本件特許発明は、甲第8号証のクイ頭処理機に基づいて当業者が容易になし得たものであり、特許法第29条第2項の規定に反して特許されたものであるから、特許法第123条第1項第1号の規定によりこの特許は無効とされるべきであるとする審判請求人の主張は採用することはできない。
なお、審判請求人は、甲第8号証に記載された「クイ頭処理機(No.3-油圧式)」が、本件特許発明の出願前に公然実施されたことについて、同甲8号証の第667頁に、「筆者なども合理的なクイ頭処理法の研究開発を2年半ほど前からおこなってきて、1年ほど前にクイ頭処理1号機を試作し、その後改良した3号機を用いて昨年夏に現場実験を行った。ここに記すものはクイ頭処理機の試作過程と3号機による現場実験の概要である。」(同頁第11~14行の記載参照)、及び「Ⅱ.3号機による現場実験 昨年8月末から9月始めまでの3日間、都下西多摩郡秋多町の阿伎留病院改築工事現場において、直径300mmのPCパイルを対象とする穿孔(28本)、・・・略・・・の各実験をおこなった。」(第669頁第1~4行の記載参照)の記載、
および、甲第9号証(株式会社浅沼組東京本店工務部長小林恩の証明書)、甲第10号証の1(クイ体穿孔装置(クイ頭切り揃え器)の現場実験(中間報告)1970.9.7.)、甲第10号証の2(関東学院大学工学部 助教授 村田清二の証明書)、甲第10号証の3(鹿島建設技術研究所 主任研究員 許光瑞の証明書)、を提出するとともに、小林恩、村田清二、許光瑞の三氏を証人とする証人尋問の申請をしているが、これらの証人尋問は、いずれも甲第8号証に記載された「油圧機構によるコンクリートクイ頭切断機」についての現場での公開実験が、昭和45年8月末から9月始めまでの3日間、都下西多摩郡秋多町の阿伎留病院改築工事現場において、直径300mmのPCパイルを対象として行われたこと、及び1970年(昭和45年)10月22日に、公然と行われたことを、また、蔵前工業会館の会議室で開催された基礎地盤研究会の発表会で、三陽エンジニアリング株式会社が研究開発した油圧式パイルカッターの公開実験での「1970年9月初めに東京都西多摩郡秋多町阿伎留病院作業所で行った状況とその成果、およびその装置」について、川崎浩司氏が公表し、守秘義務のなかったことを立証しようとするものであるが、本件特許発明と甲第8号証に記載された「油圧機構によるコンクリートクイ頭切断機」とは、前述したようにその構成において差異が認められる以上、証人尋問によりその公知性が立証されたとしても、上記認定に影響を与えないから、これを立証するための証人尋問は行わない。
(2) 無効理由〔ロ〕(特許法第32条第2号)について、
審判請求人の提出した甲第11号証(第5回土質工学研究発表会講演集、昭和45年度発表講演集、昭和45年6月3、4日、名古屋市・中産連ビルにおいて、社団法人土質工学会、昭和45年5月15日発行)には、Ⅱ-13既製コンクリートクイ体の複合穿孔刃実験として、単独穿孔刃によるクイ体実験の結果、ソロバン型穿孔刃の性能が他のものよりもすぐれていると判定されたので、今回はその穿孔刃を2個と3個の複合にしたり、また、ノミ型穿孔刃も複合にし、ソロバン型穿孔刃との比較実験も行ったこと、また、Ⅱ-15既製コンクリートクイ体の単独穿孔刃実験として、円筒型既製コンクリートクイ頭処理機器の種々の穿孔刃として、円錐型、角錐型、ノミ型、ソロバン型が記載されている。
同じく甲第12号証(1980年(昭和55年)6月2日発行、朝日新聞夕刊、第8面記事 もろいビルの基礎ぐい---宮城県沖地震で証明)には、ビルの基礎ぐいが破壊された主原因の一つとして、くい打ち作業や、くいの頭部を切り離す作業の時にすでに小さなひびが入っており、それが地震動でおし広げられ、建物全体の重量が加わり一気につぶれたケースがある旨記載されている。
同じく甲第13号証(昭和55年度秋季大会(近畿)学術講演梗概集<構造系>社団法人日本建築学会 第2087~2088頁 講演No.2818 既製コンクリート杭の試掘による地震被害調査報告(その1))には、既製コンクリート杭の試掘による地震被害調査報告(その1)として、杭頭付近の横ひび割れは、地震力による曲げモーメントによって生じたもので、他の縦ひび割れは、杭頭切断等の施工時に入ったものと思われる旨記載されている。
同じく甲第14号証(昭和55年度秋季大会(近畿)学術講演梗概集<構造系>社団法人日本建築学会 第2089~2090頁 講演No.2819 既製コンクリート杭の試掘による地震被害調査報告(その2))には、既製コンクリート杭の試掘による地震被害調査報告(その2))として、杭の破壊の原因としては、杭打ち、杭頭カットオフなどの施工時に、小さなひびわれが発生し、杭体の強度低下が生じていたことが予想される旨記載されている。
同じく甲第15号証(日本材料学会編 セメント・コンクリート工業材料規格便覧 1965年版(77)コンクリートの引張強度試験方法 JIS A 1113-1964)には、JISによるコンクリートの引張強度試験方法が示されており、これには、2枚の加圧板の間に横倒して設置した円柱形のコンクリート供試体を試験機の2枚の加圧板で隙間なく球接面を持つように挟持し、供試体が破壊するまで荷重を加えて押圧することにより、供試体の引張強度試験を行うことが記載されている。
ここで、審判請求人は、本件特許発明について、「本件発明の場合は工具は明細書によると(甲第6号証第1頁第1欄特許請求の範囲の記載)圧入子であり、第11図乃至第16図(甲第6号証第4頁)による形状は一種の鈍器であり、パイルへの圧入状況は圧潰である(甲第6号証第1頁第2欄上7行)。そして前記の鈍器状工具は図面から見て、従来のハンマーと引用発明の切削具の中間的なもので、コンクリートを圧潰する、即ちコンクリートを潰し砕く状況でパイルの目的部分を砕くのである。従って残存部分にも方向性のないクラックが入ってくる。即ち縦方向のクラックも入るおそれが多分にある。」(昭和57年5月31日付け審判事件弁駁書第11頁第4~16頁の記載参照)、更に「而して杭頭カットオフ施工時に縦ひび割れが入るおそれが多分にあるのは切削手段として鈍器状工具を部品として構成したパイルカッターであることは当然で、前述その構成について詳細論じた通り本件発明はまさしくこれに該当している。」(昭和57年5月31日付け審判事件弁駁書第13頁第7~12頁の記載参照)と述べ、また、平成6年10月24日付けの特許無効の審判事件主張要約書において、
「Ⅲ.特許法第32条第2号による理由
切断刃は、甲は、複数本の例を、図示しているが、乙は、切断刃(押圧子)は、1本であり、乙の請求範囲第1項は、殆ど、実施例そのものである。切断刃1本の場合、或は、180°反対側から、もう1本加圧する場合は、コンクリートの場合、力学上縦に亀裂が入ることが多く、残存して建物の基礎となる部分にも縦亀裂が入る。
・・・略・・・この力学的原理は、『コンクリートの引張強度試験方法 JIS A 1113-1964』により、証明され得るものであり、円柱形のコンクリートが縦に真っ二つに割れることでも実証されている。
従って、乙の出願内容は、公衆の危険衛生を害することは明らかで、かかる発明の特許は、公益上からも当然無効とされるべきであった。」(同書第6頁第3~16行の記載参照)と述べている。
しかしながら、審判請求人が、甲第15号証をもって主張するところの「この力学的原理は、
『コンクリートの引張強度試験方法 JIS A 1113-1964』により、証明され得るものであり、円柱形のコンクリートが縦に真っ二つに割れる」で云う力学的原理は、2枚の加圧板の間に横倒して設置した円柱形のコンクリート供試体を試験機の2枚の加圧板で隙間なく球接面を持つように挟持し、供試体が破壊するまで荷重を加えて押圧し、供試体と上下の加圧板との接触点とを結ぶ方向の亀裂を生じさせると共に軸方向へも亀裂を生じさせ、円柱形のコンクリート供試体が縦に真っ二つに割れるのである。
このように、「JIS A 1113のコンクリートの引張強度試験方法」においては、2枚の加圧板の間に横倒して設置した円柱形のコンクリート供試体の全長1にわたって加圧板で押圧することで、供試体と上下の加圧板との接触点とを結ぶ方向の亀裂を生じさせると共に軸方向へも亀裂を生じさせ、円柱形のコンクリート供試体が縦に真っ二つに割れるものであるのに対して、本件特許発明においては、コンクリートパイルの全長にわたってパイル圧入子を押圧するのではなく、円柱形のコンクリートパイルの長さ方向と直交する方向の切断しようとする個所のみに、楔形、彎入形、円錐形等の形状のパイル圧入子を押圧して圧潰切断することによりコンクリートパイルの所要切断個所以外の部分に亀裂が波及しないようにしたものである。
従って、円柱形のコンクリート体の長さ方向全長にわたって押圧するか、円柱形のコンクリートパイルの長さ方向と直交する方向の切断しようとする所要切断個所にのみ押圧するかによって、亀裂の発生に差異が認められる以上、コンクリートに、一方のみ、または、180°反対側の双方から加圧すると、力学上縦に亀裂が入ることが多く、残存して建物の基礎となる部分にも縦亀裂が入る、と云う審判請求人の主張は採用できない。
なお、甲第11号証には、円筒型既製コンクリートクイ頭処理機器の種々の穿孔刃として、円錐型、角錐型、ノミ型、ソロバン型が、単に記載されているに止まり、また、甲第12~14号証には、杭の破壊の原因として、杭打ち、杭頭カットオフなどの施工時に、小さなひびわれが発生し、杭体の強度低下が生じることが記載ているに止まり、杭頭カットオフなどの施工がいかなる手法であるかを特定するような記載はない。
よって、本件特許発明は、特許法第32条第2号の規定に反して特許されたものであるから、特許法第123条第1項第1号の規定によりこの特許は無効とされるべきであるとする審判請求人の主張は採用することはできない。
以上のとおりであるから、本件特許が特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、また、特許法第32条第2号に該当してなされたものであるとする、審判請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によって本件特許を無効とすることはできない。
また、審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第89条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
平成7年10月24日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)